「無国籍」。
 何処にも所属せえへん、一匹狼の仕事人。そんな皮肉を込めて、“筋”の連中は俺をそう呼ぶ。いわゆる、コード・ネームみたいなモン。そして、俺は長年その名だけで生活してった。もちろん、「仕事上様々な名を使い分ける事はあって」も。
 でも、“ココの連中”に限っては、この俺を「すばる」だの「すばるくん」だの勝手に呼んでくる。まるで、友達の様に。本来やったら「御付き合いを止める」トコやけど、でも、何となくココの連中を許してしまうんは、奴等が「御付き合いを止める」には勿体ないくらい、おもろいからや。
 俺の名前は、渋谷すばるという。










 「…ヒナ、煩い」




 部屋の扉を開いたら、男のみ5人ばかりの目が一斉にコッチを向いた。全員、めっちゃ驚いた様子で。特に、ヒナの驚き具合といったら!
 …エ?ヒナって誰や、て?何や突然、質問してって。ヒナってのはな、あの…さっきから煩い、アイツや。大声で叫びやがって!御陰で人がせっかく気持ち良お寝とったのに目エ覚めてもたやないけ!…あ、ついでに村上信五の事な。





 「お、前!何でココ居んねン!」
 「寝床借りに来た」
 「わあ、すばるくん久々あ」
 「久々」
 「お前いつからココ居ったンや!!」
 「昨日の夕方ぐらいから」
 「エ、昨日の夕方て僕と村上くん買い出しで居らんかったから鍵閉まっとったンじゃ」
 「開けた」
 「丸、鍵なんて言葉すばるの辞書に無いモン思え」
 「うわー…全然気ィ付かんかった…夕方以降丸一日ココ居ったのに」
 「エ、村上くん気ィ付いてへんかったン!?元“現場”の人間やのに!?」
 「仕方ないでたっちょん、村上くん長年一日中机ン前座って書類と格闘しとるんやもン。オレが生き証人やで。そりゃ“現場”のカンももうそろそろ…」
 「何か急に一緒に“現場”出とった頃が懐かしい感じて来たわ、オレ」
 「トシって悲しいねンなあ」
 「お前等明らかに全員すばるン事気ィ付いてへンかったやろがアァアアア!!!!!」
 「アホか。この仕事しとって寝とる間気配バンバン出しとったらあっちゅー間にこの世居らんわ。…で、一つ聞きたいンやけど横」
 「何や」
 「オレが居らん間に新入社員でも募集したンか?」
 「ハア?」
 「男5人に囲まれたムサ苦しいソファで寝るやなんて結構な根性やなア」
 「あぁ」
 「ソイツ、誰や?」







 この部屋に入った時から薄々感じとった、人の気配。横がだるそうに「コイツはなア」と説明し出す前に、内がやおら嬉しそうに「すばるくん、あのな、このコはオレが今日拾ってってン!ソコの道ントコで寝とったから。ホラ、風邪引いたら可哀相やン?すばるくんも、ホラ可愛いから見においでよ」と応え尽くしてしもたので、横は最後に「…まア、そーゆーこっちゃ」と付け足すだけで業務を終了した。
 「横がココに他人居れるん許すなんて珍しいやン」
 「アホか。不可抗力やふかこーりょく。オレはもちろん許してへン」
 「すばるくん、ホラおいでよー」
 「でもアイツ、戻してくる気ゼロやし」
 




 内が煩く催促するので、しゃーなくソファの中身を見たる事にした。正直あんまり興味がない。というか、基本他人に興味がない。
 5人の男がもそもそ動いて作った一人分のスペースに身体を突っ込み、ソファを覗き込む。するとソコには、やたら小っこくて細っこい女が眠っとった。頬には何故か、大倉の指を乗っけて。




 「…何、やっとン」
 「ホンマ可愛いなー思て」
 「お前オンナやったら誰でもエエんか」
 「だって今日のオンナめっちゃネチっこかってんもン。さいあく」
 
 「目エ覚めたら誘おかなー、ホテル」と悪びれもなく抜かしながら、こんだけの男の視線を浴びながらもなおすやすや寝とる女の白い肌を、大倉の指は滑らかに滑っていく。「何となく、イラッ、と、した」。「もーたっちょんいー加減手エ出すン止めエや、起きてまうやろー」と丸が言うて(いー加減、いう事は結構前から触っとったな、アイツ)、ようやく「ハイハイ」と指を頬から外した。「ホッ、と、した」。不思議な、妙な感覚やった。










 「アッレー?何コレ?何で今日こんな皆集まっとン?」







 扉より、新しい人の声。足音に合わせて、ガタガタと何かが揺れる音も道連れに。あぁ、今日も“しっかり商売しに来た”か。
 
 「ヤス」
 「わあ、すばるくんだあ」
 「さっきも言われた」
 「まだ生きとったンやー」
 「は、言われてへンけど」
 「だってすばるくん、最近ココ全然来おへんやン。心配しててンで?オレー」
 「そりゃおおきに」
 「オイヤスゥ、今日は何しに来たンや。そんなしょっちゅう来られたってウチかて毎回毎回買わへンでなあ」
 「今日は頼まれたモン持って来たのー。…肝心の本人は居らンみたいやけどねー」
 




 安田章大。通称、ヤス。この世界の人間にしてはちょっと常識を外れる個性的な服を着て(ちなみに今日はピンク)、背中には大きなギターケースを背負った、普通に見ると「このコバンドでもしとるンやろか」とでも思われそうないでだちではあるけど、立派な商人や。特定の顧客は持たず、自分を求める声とソレに見合う報酬があれば動く性質(タチ)。ま、一番俺と似とう人間かもしれん。あ、言うとくけど、寝床借りに来とうから言うて、俺、ココに所属しとる意識はあらへんよ?エ、じゃあ何でココに寝床借りに来るんや、て?「珍しく、良お、寝れる気がするから」。そんだけ。






 「あれ?何コレー、可愛い!」




 耳元でヤスの声が聞こえたのでオカシイと思たら、背負っとったギターケースをいつの間にか床に寝かし、いつの間にか俺の横に立ち、いつの間にかソファを覗き込んどった。「アレ、何そんな驚いた顔してンの、まさか気付いてへンかった?天下の『無国籍』やのにとからかってくるのも言い返せへんかった。正直、ビビった。




 「このコ、誰なン?お客サマ?」
 「人ントコの事務所来て寝る無作法な奴なんぞとっくに事務のオレがつまみ出しとるわ」
 「ソレ、嫌味のつもりか?ヒナ」
 「エー、じゃー何ー?あ、もしかして、とうとう内、人拾ってったとか?あはは、そんなワケないよなー」
 「わあ!すっげエヤス!そーやねンオレが拾ってってン!」
 「え、ホンマなン!?」
 「あのなー、ソコの道でなー、寝とったから連れて来てン!風邪引いたアカンから…って痛ったアァアアアア!!!!!ちょオ村上くんいきなり頭叩くンホンマ止めてよ!!!!!しかもあえてコブんトコ!!!!!」
 「お前何で得意げなっとんねン!!ホンマコイツどないすんねン!全然目エ覚まさへンし!」
 「いーやン可愛いから」
 「内…お前絶対将来悪いオンナに引っ掛かるな…」
 「うっそォ、怖い事言うン止めてよ侯くん」
 「名前で呼ぶな」
 「オレが対処法教えたろか?」
 「エ、ホンマ!?教えてよたっちょん〜」
 「オレにも教えて!」
 「丸には、ムリ」
 「何で!?」



 ぎゃあぎゃあわいわいと話が勢い良く逸れてゆく。ふと、横が意味ありげに指をくいくいっと曲げ、「来い」とボディランゲージを送ってった。俺?何やねん。しぶしぶ横と、皆から少し離れた場所に移動する。恐らく、「渋谷すばる」やなくて「無国籍」の管轄のハナシやろう。やれやれ、めんどくさ。





 「…なに?」
 「すばる、お前…どっかでホンマはあの女見た事有ったりするンか?」
 「何やねン急に」
 「お前さっきそないに驚いてへンかったから」
 「寝とう人間見て、何驚かなアカンねン」
 「で、有るンか?」
 「ないわ」
 「…ホンマか?」
 「しつこい」
 「すまん」
 「…で?」
 「何」
 「横こそ何でそんな事聞くンや。お前こそ会うた事有るンか」
 「ない。…けど、引っ掛かる」
 「何や。“現場”のカンか」
 「かもな。でも、気になる事もちらほら…」










 そん時、誰かが雑居ビルの階段を登る音がやけに鮮明に聞こえてきた。カン、カン、カン、カン。確実に、この事務所へ近付く、足音。横も気付いたらしく、「ミッション・コンプリート」と格好付けて呟いとった。もっぱら、未だ騒いどう4人と、人の事務所のソファで眠りこけとう無作法な眠り姫は、まだ気ィ付いてへんみたいやけど。
 (また内が自慢げに「俺が拾ってってン!」て語るんやろな)









 「…ミッション・スタート?」









 8人が揃うまで、あと、もうすこし。